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国策捜査と日本のゆくえ

佐藤優『国家の罠--外務省のラスプーチンと呼ばれて』(新潮社、2005年)を遅ればせながら読んだ。

久しぶりに、「読み終わるのがもったいない」と感じた。

驚異的な記憶力に基づく描写力。
記憶力の減退をつとに感じていて「脳を鍛えなきゃ」と宣伝に乗って誕生日に買ってもらったNintendoDSで一喜一憂している僕なんかからすると羨望ものなのだ。
特に佐藤と対峙した西村検事とのやりとりは録音から起こしたみたいに詳細だから、取調べの現場に居合わせるような臨場感を味わえる。

だが、本書の真骨頂は佐藤の洞察力にあると思う。

西村検事が早々に「これは国策捜査だ」と明言した(p.218)そうだ。
「これは国策捜査なんだから。あなたが捕まった理由は簡単。あなたと鈴木宗男をつなげる事件を作るため。国策捜査は『時代のけじめ』をつけるために必要なんです。時代を転換するために、何か象徴的な事件を作り出して、それを断罪するのです」
「見事僕はそれに当たってしまったわけだ」
「そういうこと。運が悪かったとしかいえない」(p.287)

西村検事は「時代のけじめ」をつけるための国策捜査だと説明するのだが、どういう「けじめ」をつけるために鈴木宗男らがターゲットになったのか。

佐藤は
「現在の日本では、内政におけるケインズ型公平配分路線からハイエク型傾斜配分路線への転換、外交における地政学的国際協調主義から排外主義的ナショナリズムへの転換という二つの線で「時代のけじめ」をつける必要があり、その線が交錯するところに鈴木宗男がいる」(p.292-293)
という結論を得る。

一つが<勝ち組-負け組>構造を強化する弱肉強食型社会づくり
二つが<戦争できる国>への再編

佐藤の説明を見よう。
ポピュリズムを権力基盤とする小泉政権としても、「地方を大切にすると経済が弱体化する」とか「公平配分をやめて金持ちを優遇する傾斜配分に転換するのが国益だ」とは公言できない。しかし、鈴木宗男型の「腐敗・汚職政治と断絶する」というスローガンならば国民全体の拍手喝采を受け、腐敗・汚職を根絶した結果として、ハイエク型新自由主義、露骨な形での傾斜配分への路線転換ができる。(p.294)

さらに、
[事実誤認ではあるが]北方領土問題について妥協的姿勢を示したとして、鈴木氏や私が糾弾された背景には、日本のナショナリズムの昂揚がある。換言するならば、国際協調的愛国主義から排外主義的ナショナリズムへの外交路線の転換がこの背景にある。(p.297)


山本譲司の秘書給与流用問題での逮捕から「国会議員の秘書給与に対する見方が変わった」(p.291)。そういえばそうだ。
それと同じような機能を鈴木宗男逮捕は確かに果たしているのかもしれない。“公共事業”一般がうさんくさいものに扱われたり、敵対的で強硬であるほど国益にかなうように扱われたりと、マスコミあるいは世間一般の「見方が変わった」。

検察や司法によってではないけれども、郵政民営化をめぐっても反対派は“処分”を受け、「(郵政民営化の小泉法案は)国債消化を優先し、金融の効率化が期待できない」として、点数をつけるとすれば「50点」だと言い切った(きっこのブログより)佐藤ゆかりも全面服従し、小泉首相の所信表明演説では「小泉チルドレン」がシンバルのおもちゃが壊れたみたいな拍手をくりかえす。

それらは全体として「流れに逆らうのは損・無駄」という風潮をつくりだすだろう。
何が正義で何が悪かという感じ方にも変化を与える。
「見方が変わる」のだ。

西村検事は「僕たちは、法律専門家であっても、感覚は一般国民の正義と同じで、その基準で事件に対処しなくてはならない」(p.288)と言う。だが「一般国民の感覚」そのものを変換させようとするさまざまな作為の中に国策捜査も位置付けられるはずだ。自然に「一般国民の感覚」が変容し、それに国策捜査が従順に対応しているということはありそうもない。

すると、誰の意図なのか。
「そうすると、今回の国策捜査をヤレと指令したところと撃ち方ヤメを指令したところは一緒なのだろうか」
「わからない。ただし、アクセルとブレーキは案外近くにあるような感じがする。今回の国策捜査は異常な熱気で始まったが、その終わり方も尋常じゃなかった。ものすごい力が働いた。初めの力と終わりの力は君が言うように一緒のところにあるかもしれない」(p.245-246)

サスペンス映画の一シーンみたいなやりとり。

“力”は確かに巨大なのかもしれないけれども、それに踊らされないことはできるはずだ。
その点、佐藤優の冷静さに学ぶところは多いと思う。
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 最近国策調査と言う言葉を聞く。辞書で調べたらヒットしない。新しい言葉のようだ。
国策捜査ってなに | 飯大蔵の言いたい事 | 2006/11/21 10:49 AM
==================== 予想通り、私の呼びかけを無視しました。 選挙戦の時期だけ、有権者に卑屈な笑顔を見せながら握手を求め、 当選すれば、有権者に背を向けて、特定の団体の意向や 永田町の論理が行動基準となる。 そんな古いタイプの政治