わっかnない

日々の発見を記録しよう
<< June 2017 | 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15 16 17 18 19 20 21 22 23 24 25 26 27 28 29 30 >>

スポンサーサイト

一定期間更新がないため広告を表示しています

- | permalink | - | -
<< むのたけじさん | main | 憲法について語ることができなくなるのか >>

週刊新潮50周年--「客観報道」をめぐって

『SPA!』 2006年2月21日号
文壇アウトローズの世相放談
坪内祐三&福田和也「これでいいのだ!」
で『週刊新潮』創刊50周年に関わってこんなことが言われている。

福田 たとえば‥‥警察官がパトロールの途中、ある青年を射殺してしまったとして、警察は「青年がナイフで襲ってきたから」と発表するじゃない? でも、実はナイフじゃなくて、油絵を描くときのパレットナイフだったと。そういう時、『週刊新潮』は記者を2人派遣して、1人を警察、1人を青年側に張りつけるんだって。すると、それぞれが感情移入するから、両方の記者が双方の立場から議論をして、「お前、これ取材したのか?」とツッコミあって、翌日にもう一度取材する。
坪内 単に、発表を受けて記事を流すのとはちがうよね。


おお、週刊新潮を自分で購入したことはおそらく一度もなくて、もっているイメージとしては「派手な見出しで地味なつくりの保守雑誌」くらいだったけれど、けっこう慎重なスタンスだったりもするのか。

だけれども、少し後にはこんな風に。

福田 『週刊新潮』は、今もそうだけど、創刊した斎藤十一さん(平成12年没)の主義でね、タイトルを最初に決めてから取材をさせるわけよ。だから、客観的に真実を追究しましょうというスタイルじゃない。コイツがやったに決まっているから材料=証拠を探して来い。偏見に満ちたところから、突破力で展開していく。偏見の突破力だよね

どっちが本当なんだろう?
福田和也は自らの発言の整合性が気になったりはしなかったのだろうか。
それとも両方本当で矛盾はしないなんてことがあるのかな。
<公式発表に依存せずに、自分の“決めつけ”にしたがって取材をする>のならとりあえず両立したりするだろうか。

「客観性」とか「中立公平」とかがそのまんま成立するとは思えず、実はそういう大義名分があることによって、権力や世間への迎合が正当化されてしまっているように見える。
しかしだからといって、客観的な真実への志向そのものを放棄してもいいということにはならんだろう。


で、遅ればせながら創刊50周年記念の別冊を読んでみた。

答えがあるわけではなかったけれど、「単に、発表を受けて記事を流すのとはちがう」という面については、鵜飼久市氏が「週刊新潮の源流」だとする月刊『新潮』のスタンスについて述べている。

 ニュースが発表ものばかりになったのは記者クラブ制度のせいだと激しく反発しています。それまで記者クラブに関して書くことはタブーだった。
 新聞記者が都庁クラブに2,3年配属されると様々な口利きをして、小さな蔵が一杯になる、と言われている時代だった。さらに、公営団地などに通常の抽選を経ないで住んでいた新聞記者がずいぶんいたのです。そういう著しい不正義に対する強烈な不信、反発を週刊新潮が引き継ぐことになったわけです。


ここで言われているよう特権が現在までそのままの形で存続していることはないだろうけれど、“仲間内”以外のジャーナリストを記者会見から排除しようとするな記者クラブ制度の働きは当時から一貫しているようだ。
相変わらず雑誌メディアは排除されている。
これに抵抗することには相変わらず意味があるだろう。

しかし、記者クラブ制度に弊害があるとして、じゃあそれを解体すればそれで問題が解決するのかというと必ずしもそんなことはなくて、本質は「メディア企業が官僚化し、闘う姿勢がなくなったことにあるのではないか」という指摘が重要なのだと思う。


さて、冒頭の疑問は解決していない。

元編集長の「厳正中立の良識の目」が理想だということばが紹介されているが、佐野眞一によれば「『金・色・権力』に対する人間のむきだしの欲望を週刊誌づくりの基本に据えた」とある。
これらがどのように両立するのか。
この雑誌が果たしてきた役割をそれこそ「客観的」に評価するのでないと、答えは見えてきそうにない。
メディア/コミュニケーション | permalink | comments(1) | trackbacks(0)

スポンサーサイト

- | permalink | - | -

この記事に対するコメント

道新2006年2月22日夕刊
「週刊誌を読む:消えゆく新潮イズム」(篠田博之)より。

 パリ人肉事件の佐川一政氏に関する記事につけた斎藤氏のタイトル「気をつけろ『佐川君』が歩いている」は、新潮イズムをよく示したものとして語り草になっている。「人権よりもっと大事なものがある」と言っていた斎藤氏がよりどころとしたのは「しょせん人間は一皮むけば俗物だ」という人間観だった。
 しかし、さすがに50年を経て、週刊誌を取り巻く環境は大きく変わった。斎藤氏の死後、「週刊新潮」の誌面には、かつてほど新潮イズムはにおわなくなりつつある。創刊当初からかかわったフリーも次々と社員化され、今日までデータマン・アンカーマンシステムを続けているのは、むしろ講談社や小学館の週刊誌だ。
 いま日本の週刊誌は壮年期を過ぎ、読者の高齢化に悩まされている。その変化も「週刊新潮」に象徴的に現れている。
斉藤 | 2006/02/23 11:13 AM
コメントする









この記事のトラックバックURL
http://kichihiro.jugem.cc/trackback/122
この記事に対するトラックバック