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教育基本法改悪ストップ!5.22稚内集会

2006年5月22日(月)の夜に行われた集会。

主催は「連合北海道宗谷地域協議会・同稚内地区連合会」(会長:磯部拓也)と、「平和運動フォーラム稚内地区連絡会」(代表:東道)
司会は「民主教育を進める市民連合」(代表:ホウジョウ)、集会アピール読み上げは「何とか女性会議」のアカワガ。

全日空ホテルの宴会場にて、100余の座席がちょうど埋まるくらい。
参加費無料だし、お金あるんだなー。

で、メインの講演は弁護士の八尋八郎さん。福岡の人で、漫画『家栽の人』(ビラには“裁”となっていたが原題はわざと“栽”だ。報じた道新は正しく表記していた。)に出てくる弁護士三越三郎のモデルだそう。おだやかな感じを受けたけれど、発言はけっこうラディカル。

以下、レジュメとメモからの講演の断片の記録。(太字はもちろん斉藤)

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▼「愛国心通信簿」というのがある。A・B・Cの三段階で愛国心に成績をつけるもの。福岡市ほか全国30ヶ所で実施された(ている?)。福岡の教組は平和と民主主義の問題に取り組んできたにもかかわらず、この通信簿の導入には疑問を抱かず、抵抗せず、協力した。たまたま疑問を感じたひとりのお母さんの指摘から、問題として発覚した。「学習指導要領に書いてある」というのが福岡市の言い分だが、どうやって「愛国心」を評価しようというのか。

▼石原都知事は出所した戸塚ヨットスクールの何某の後援会長をやっている。その東京都では日の丸・君が代をめぐって大変なことになっている。指導通りに歌わなかった教師が100-200人という規模で処分を受けている。しかし逆に言うと、5万人くらいはいるであろう都内の教員のうち残りの4万9千何百人は疑問を感じず、あるいは抵抗できずにいるということだ。

▼私は少年非行の問題を数多く取り扱ってきた。少年事件の背景には格差社会がある。そして、教育基本法が守られていないということが問題を大きくしている。学力世界一ということで知られるフィンランドの教育基本法の見本になったのは日本の教育基本法なのだ。本家である日本では守られずにいるからおかしなことになっている。

世間一般の常識というものを学校にも通用させよ常々言っている。非常識なのが「校則」だ。教員の側の「こういう風にできたらラクだな」という思いからできているのが校則であって、それは「人の決めた通りに行動する人間」を育てようとすること。それ自体がすでに教育基本法に違反している。校則に依存しない学校運営がめざされなければならないはずだ。

▼教育基本法改悪案の問題は三つ。
仝醜垠法に不適合。むしろ次の憲法にあわせようとするもので、憲法違反の内容になっている。
◆岼国心を持て」という内心の強制がある。ここで「国民」とは何かを考えなければならない。本来は「主権者」である。にもかかわらず改悪案の思想は国民を「統治の対象」とみなそうとしている。さらに、今の教育基本法はひたすら<子どもには権利、親には義務>を課しているのだが、改悪案は<子どもへの義務>を負わせようとしており、大きな転換だ。
2板躑軌蕕篝験橋軌蕕魎泙瓩森駝雲験茲里△蕕罎訃賁未鵬霪しようとしている。そこでの内容に介入し、それを義務化しようとするものだ。

▼私の家は母親が日生のおばさんをやって生活を支えていたが、当時はそれでも大学に行くことができた。学費の年額が2万数千円だったから。ところが年々大学への補助金は削減され、学費は高くなり、高等教育は縮小せざるをえない。このまま格差を世代間連鎖させてはいけない。よく「エリート教育になるからいかん」と言われるが、エリート教育さえうまくいかないと思う。高等教育を受ける者の母数が小さくなりすぎて、それだけ才能はつぶされるだろう。大学教育まで全部無償、というのが世界の趨勢だ。アメリカのまねを続けることはない。

▼教育は「子どものもの」である(憲法26条1項=教基法前文)。したがって現行法は子どもの学習権の保障を政府に義務付けているのだが、改悪法は国家の国民統制権として教育をとらえ、国民に下達しようとしている。これは教育勅語と同類の発想だ。「教育基本法はもう古い」と言いながら、もっと古いものに回帰しようとしてるに他ならない。

▼子どもの危機をもたらしている教育以外の原因。
ヽ丙梗匆顱I郎ち大なのに福祉切捨てが進み、非正規雇用が増加している。トヨタが大きな利益を上げているが、それは人件費削減によるものであって、企業の景気は回復しているといってもそれは格差の拡大を根拠にしている。福岡では非常勤教員を時給2,000円で雇って授業を成立させているが、そんな給料でどうしろというのか。本人たちは努力しているというものの、学校のスラム化は確実に進む。
地域の教育力喪失または地域の崩壊によって、子どもにやさしい街づくりがないがしろにされている。
社会全体の閉塞感によってキレやすい大人が蔓延している。それが子どもに対する不寛容とバッシングとして現われ、例えば同様の凶悪犯罪ならば「大人より子どもの罪を重く」と回答した国民が7割もいるという。恐ろしいことだ。

▼子どもの危機をもたらす教育病理。
ゞ技佞紡个垢觧劼匹發凌邑研修の欠如から「子どもは人間」であることを失念し、体罰・いじめ・暴力の蔓延を招いた。服装髪型を強制し、子どものプライバシー権を無視するのもその現われだ。かつて日教組の研究分科会の一員をやっていたが、袂を分かったのが体罰問題で、「暴力教師は組合を除名せよ」と提案したら「そんなことしたら組合員がいなくなる」と言われた。シーボルトが昔日本に来てとても感心したのが、寺子屋などで「日本では大人が子どもを叩かない」ことだったという。日本で体罰が始まったのは師範学校ができてから。つまり兵士をつくる教育の中で体罰が出発したのだ。体罰はまた「いじめの模範」となって子どもたちの間で再生産されているのである。
過度に競争的な教育が行われ、結果として学力低下や「七・五・三」と言われるような落ちこぼしを生み、学級崩壊を招いている。「わかっていない」ことをわかりながら授業は進められており、これは教師にとっても不幸なことだ。また競争を背景に校則・内申書による生徒統制つまりは人権侵害が放置されている。そうした中での「良い愛国心」の強制は、例えば「靖国行くのに賛成」と従順に答えなければ内申書に×がつき、結局そのことが人生に×をつけてしまうということになりかねない。
子どもの権利条約違反。文部事務次官通達は、子どもの意見表明権、思想・良心・表現の自由、最善の利益は日本では必要ないとして、子どもの権利条約を無視せよと指示した。条約に即した法律を一切整備しようとしない。共謀罪は世界の趨勢だからとすぐつくろうとするくせに。その一方で日本の伝統とは「神の国」であり、愛国心とは「排外主義」であると強調するような教育が進められつつある。

▼教育病理をもたらしたのは以上のような教育基本法への違反なのであり、教育基本法が原因なのではない。

▼改悪法の内容。
(顕幣覆砲茲訝羆集権国家教育の確立(改悪法5、16、17条)。これで文科省は義務教育費国庫負担を廃止しても存続できる。
文科省の独善である学習指導要領(これは最高裁大法廷1976年5月20日判決によって現行法違反であることが確立している)を教育振興基本計画へと格上げし、恒久化をもたらす。
C羆教育審議会答申によると教育振興基本計画には「高卒でみんな日常英語ができる」とか「不登校やいじめを半減する」という内容が盛り込まれるが、気安く書いているだけで「どうやるか」にはまったく触れていない。教育条件整備も教育支出も伴わないので実現することはありえない。英語のことにしても、NOVAで3ヶ月もやった方がずっと効果があるのであって文科省に従って何年間勉強したって追いつかない。今のカリキュラムや教科書は英語の力を奪うための嫌がらせではないかとさえ思える。

▼現状を継続し、予算もつかない改悪法は教育改革の名に値しない。改悪法は教育病理を改善しないし、子どもの危機は引き続き増大しつづける。そういう意味では少年法の改悪と同じことだ。必要なのは「ただひたすら教育条件をよくする、無償にする、裾野を広げる」ことなのだ。

▼改悪法への対処
_悪法は、法律を変えるだけで一丁上がり。つまり新しい政策も予算措置もない。愛国心による皇民化教育だけ。改革の名に値する教育改革を求める国民を偽るものだということを訴えるべし。
∪府の拙速(教基法を知らない88.8%、改正すべし76%)に絞って今国会成立を阻止すれば道は開ける。民主党の対案は強行採決を止めるが、現行法を否定する?

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「フィンランドの教基法が日本のを手本にしてる」とか、「おとなより子どもの罪を重くという世論調査」とか、参考資料を教えてもらいたかったが細かすぎるかとも思って質問はしなかった。
がそれ以上に、「シャンシャン」で集会を終えようとする雰囲気に負けたというか。
実際、「質問はございませんか?」のあとほんの数秒で「よろしいですか、ではもう一度大きな拍手を‥」と進み、集会アピール採択に移ってしまった。

「抵抗できない大多数の教師」とか「非常識としての校則」などの指摘については参加者の大多数であったろう現場教師には耳の痛い話で反発も覚えるのではないかと思ったのだけれど、そうでもないのかな。
いや、こういう場でも「抵抗せず」「規則(雰囲気)を破らない」からこそ学校でもそのように振る舞い、振る舞わせるのか。

「断固反対」を謳った集会アピールであったが、「反対しても改悪されちゃうけど」という前提がつくということかもしれない。
反対するけど抵抗はしない。
行動提起がなかったのもそういうことだろう。

アピールにこういう一文がある。
「子どもたちは、権力の横暴に対して無批判に従順する(ママ)ことを強いられ、物言わぬ大人へと育ってしまうのです。」
すでにそのように育ってしまっていたのだな。

う〜ん、どうも皮肉っぽくなってしまう。
展望を見出せない自分の焦りを投影してしまうのか。

問題は、今回の話を各自が持ち帰ってどう生かすかだ。
成果はきっとあるだろう。
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教育基本法改悪やら共謀罪新設やら、最近の政府の動きを見 ていると、戦前の悪名高き治安維持法がゾンビのごとく甦り、 特高警察(思想警察・秘密警察)が各家の本棚を調べにやって くる日もそう遠くないのではないか、とそんな思いを禁じえな い。周知のごとく戦前、
鶴彬を甦らせよ! | サブカル雑食手帳 | 2006/06/07 11:52 PM