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民主的選挙

2/1付『加藤哲郎のネチズン・カレッジ』(http://www.ff.iij4u.or.jp/~katote/Home.shtml)より。
外国軍の銃剣と戦車と戒厳令に守られて、イラクの国民議会選挙が行われました。予想以上の60%前後の投票率(対有権者登録者比見込み!)、対有資格者比でもなんとか50%を確保(本当か?)、投票日当日の犠牲者35人も計算済みとかで、アメリカのブッシュ大統領は「際だった成功」と自画自賛、もちろんその忠犬、頼みの女性に見放され支持率33%まで下がった小泉首相も「歴史的な一歩」と双手を挙げて歓迎。でも国際選挙監視団も入れず、本来の「自由選挙=誰にも干渉されず、自分の判断で自由に投票すること」にはほど遠いこの選挙、その正統性は、歴史が判定するでしょう。先人の言葉=「デモクラシーのための教育の問題は決して単に狭義の政治乃至公民教育には限られない。いな、それを直接目標とすることは望ましくないとすら考えられる。なぜなら、それは結果に於ては戦時に於てみたと同じ様な押しつけがましいお説教に堕して、むしろ国民を政治的なものに背をむけさせる懼れがあるからだ。大切なのは国民の生活的雰囲気に於けるデモクラシーの浸透である。そのためには、デモクラティック精神を知的に了解させるよりも、情操的な訓練を通じて、無意識のうちに感得し体得させる事だ。デモクラティック・スピリットはなによりもまづ他人に対して寛容な精神をもち自己に対して良心の制約を課する事だ」――丸山真男「折たく柴の記」昭和20年10月29日(『自己内対話』みすず書房、9-10頁)。 

<デモクラティック・スピリットはなによりもまづ他人に対して寛容な精神をもち自己に対して良心の制約を課する事だ>って、そうだよな。普通選挙がちゃんと行われているかどうかっていうことは民主主義のひとつの指標でしかない。

形は民主的選挙が行われたとしても、日常の権力のあり方の方が問題だ。
<選挙のときだけ人民は自由になれる>って言ったのはルソーだっけ? (ネットは便利だ。こっちが正確。<イギリス人は、自由だとおもっているが、それは大きな間違いである。彼らが自由なのは、議員を選挙する間だけで、議員が選ばれるや否や、イギリス人は奴隷となり、無に帰してしまう>)
イラクも民主主義の仲間に入れてよかったね、とは単純には評価できないはずだ。

だがそもそも、「民主主義の先生」としてふるまうアメリカで公正に選挙が行われているとは限らない。
『暗いニュースリンク』(http://hiddennews.cocolog-nifty.com/gloomynews/)より。
 <バーバラ・ボクサー上院議員の異議申し立て声明文>
なぜオハイオ州の有権者は、雨の降る中、何時間も待たねばならなかったのでしょうか?例えば、なぜケニオン大学に投票に来た有権者は、1,300人の投票者に対して2台しか投票機が設置されず、投票日の深夜、午前4時まで行列に並ばされたのでしょうか?

なぜ貧困なアフリカ系アメリカ人が多く居住する地区だけが、長く待たねばならなかったのでしょうか?

なぜフランクリン郡の選挙管理委員達は、5,000台の投票機が必要であると知りながら僅か2,798台しか設置しなかったのでしょう?なぜ委員達は68台の投票機を倉庫に引っ込めたのですか?その内42台の機械が、アフリカ系アメリカ人が多数を占める地区から排除されていたのはなぜですか?

なぜ、コロンバス地区だけで、およそ5,000から10,000人の有権者が、投票ができないまま、投票所から去らねばならなかったのでしょう?この知らせを聞いてから、何人が投票することもなく去ったのでしょうか?(訳注1)

フランクリン郡の一つの地区では638人が投票しただけなのに、投票集計機は4,258票をブッシュ票として加算したのはなぜですか?幸いにもその間違いは修正されましたが、それ以外にどれほどの票が間違えて加算されたのでしょうか?

なぜフランクリン郡の選挙委員達は、下町(ダウンタウン)では電子投票機械の設置を削減し、郊外では設置件数を増やしたのでしょう?それが長い行列の原因だったのです。

クリーブランドでは、選挙委員が有権者に間違った説明をした結果、何千票もの暫定投票が無効にされてしまったのはなぜでしょう?

要するに、民主党に投票しそうな人種や社会階層に属する人が事前に排除されたり、民主党に投票しそうな地域では投票への十分な機会が与えられなかったり投票の操作が疑われたりしたというのだ。

本当はケリーが勝っていたとか、ケリーが大統領になっていればよかったとかいうことを言いたいのではなくて、「アメリカの民主主義」というのは少なくとも選挙システムという点はそれほど理想的なものなんかじゃないのだということだ。
このへんのエピソードについては『暗いニュースリンク』の「選挙」カテゴリーの記事でたくさん知ることができる。日本のマスメディアから知ることはほとんどできない。
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