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ゲーム脳?

森昭雄『ゲーム脳の恐怖』(日本放送出版協会、2002年)は売れたらしい。何部くらい売れたのか調べるのは面倒だが、僕の持ってるやつが4ヶ月少しで七刷り目に達しているから、けっこうな勢いだったと思われる。ググると40800件ヒットするから、新語にしては「ゲーム脳」の知名度は相当のものではないか。

だがことばの衝撃度に劣らず、その内容のお粗末さも衝撃的らしい。
「ティービーゲームドットコム」の「斎藤環氏に聞く『ゲーム脳の恐怖』」)の目次を以下に。
『ゲーム脳の恐怖』は間違いだらけ/「脳波」に関する初歩的な間違い
アルファ波は「徐波」ではない/イーオス社のプロモーション?
脳波の現物がないのもおかしい/前頭前野しか測れない脳波計
そもそもいったい何を測りたかったのか?/「不関電極」をおでこにつけるのも間違い
脳波を測るならちゃんとした脳波計で/正しい脳波の測りかた
こんな人に脳波のことを語ってほしくない/森昭雄氏の知識はシロウト以下
少年犯罪は増えてない/「ストレス」に関する間違い
「医学博士」は医者じゃない/「反射神経」に関する間違い/ゲーム業界にも後ろめたさがある?

かつて当該の書籍を手に入れる前にその内容を紹介したAERAの記事を元にして授業で紹介したら、レポートで「プロパガンダのお先棒をかついでる」と学生にこっぴどく叱られてしまった。反省。
このサイトを読むと、科学的装いをもったもっともらしさの仕組みがわかる。

森昭雄氏のさらに刺激的な題名の『ITに殺される子どもたち』(講談社、2004年)では明らかな印象批評というか、決め付けが目に付いてそのいかがわしさは分かりやすくなるのだが、むしろさらに不安感を醸成する効果を上げたのかもしれない。
例えば、
 最近ではテレビやビデオにどっぷりつかり、映像の中身が子どもたちに悪影響を与え、それによって子どもがまるで洗脳されたかのように、極悪非道の犯罪行為まで起こすようになってきています。(p.6)
 かつて起こった少女誘拐事件のうち、アニメおたくの青年二人が犯人だったというものがありました。仮想現実と、本当の現実との区別がつかなくなっていたのでしょう。アニメのビデオを見つづけたため、少女を自分たちのそばにおいておくことに、なんの抵抗も感じなくなってしまったという、アニメに洗脳された例です。(p.100-101)

もっともらしいだろうか。少なくとも、α波やβ波をいくら調べてもその脳に「極悪非道のこころ」とか「仮想と現実の混同」とかが存在することは証明しようがない。
『ネット王子とケータイ姫』では坂元章氏の「「ゲーム悪影響論」の議論はほぼ五年のサイクルで繰り返し起こる」という調査結果を紹介しつつ、悪影響論を受け取る側の問題を提起している。
 これまでの常識では理解しがたい事件などが起きて不安や不気味さを感じているときに「原因はゲームなのです」というわかりやすい説明が与えられると、その科学的根拠や実証性はともかく、人々は「そうだったのか! やっぱり」と受け入れようとする […]やや皮肉めいた言い方をあえてすれば、「ゲーム脳」こそ人々が待ち望んでいた概念だったのだ。(p.49-50)
 「ゲーム脳」がどれほど科学的に信頼性がある仮説かよりも、その概念で自分が抱えていた不安や疑問がどれくらい払拭されたかが、大切なのだ。(p.55)

分かりやすい物語を求め、“犯人”にレッテル張りして安心しようとする意識が安易な結論を得ようとする。この問題に限らず、犯罪や事件においても同じメカニズムが働くだろう。マスメディアはそういう社会意識を反映ないし代行して説明を与える。
森氏は『ITに〜』で「ひんぱんにテレビゲームをしていたため、むだな神経ネットワークを使うことなく、適切なボタンを素早く押せるようになっただけのことです。脳の神経ネットワークが単純化された結果だということもできます。」(p.100)と述べる。
だがむしろ単純化されているのは<メディア→脳→行為>という図式の中で説明できるとする神経の方ではないか。
レッテル張りすることで不安感をとりあえず払拭することはできるかもしれないが、そこから立てられる対策は的外れに終わるだろう。

余談。
レッテル張りはそれなりのリアリティを備えていなければ受け入れられることはないだろうが、「ゲーム脳」については最近の「脳ブーム」と言えるような風潮が後押ししているように感じる。
『平然と車内で化粧する脳』『平気で暴力をふるう脳』『女の脳と男の脳』などのネーミングに見える「脳還元主義」的発想や、『脳を鍛える』みたいな自己啓発本および『IQサプリ』の類のテレビ番組の流行がそれだ。
これは何を反映しているのだろう。
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