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不当取り調べ

昨日のテレビ朝日「ザ・スクープスペシャル」を偶然見た。
後半の△靴録画できなかったのが惜しい。
内容をかいつまんで紹介しようと思っていたら、ちゃんとあらすじはネットで公開されていたので貼り付ける。太字は引用者。
ある日、突然犯人に…
      〜検証!えん罪の構図〜


ある日、突然犯人に…
私たちは常に「えん罪」の恐怖と隣り合わせだと言えるのではないだろうか。

日本の警察の決め付け捜査と自白偏重主義。
欧米では当然の権利である録画・録音、弁護士の立ち会いが一切認められない取調室という「密室」の中で一体何が起こっているのか…

1998年11月、国連の人権規約委員会は日本政府に対して
「取調べの可視化」を勧告したが法務省の猛反対により実現への道は厳しい。
(近年、アジアでも韓国・台湾で実現している)

1950年代〜60年代に著名なえん罪事件が続発しているが、
ある司法関係者によれば、21世紀の今日、さらに事態は悪化しているという。

42年前に起こった戦後最大のタブーと言われたあの事件と、
21世紀に入って鹿児島で発生した前代未聞の買収事件を通じて
脈々と続いてきた「えん罪の構図」を検証する。

<特集 筝えない手錠をはずして!
      〜狭山事件42年ぶりの真実〜

1963年5月1日、埼玉県で女子高校生が誘拐され絞殺された狭山事件。
埼玉県警は被差別部落出身の石川一雄氏を別件逮捕、1ヶ月に及ぶ取り調べで自白させた。裁判で石川氏は否認に転じるが、77年に無期懲役判決が確定。その後、二度に渡って再審請求するが棄却され、現在最高裁に申し立てている特別抗告が事実上、えん罪を勝ち取るための最後のチャンスとなる。

今春にも下される最終判断を前に、元栃木県警鑑定官の斎藤保氏と画像解析の第一人者・柳田律夫氏が最新技術を駆使して、脅迫状の指紋・筆跡・インク色素・インク消し等を鑑定。42年目の今だからこそ、石川氏の無実を証明する新たな証拠が続々と浮上した!

そもそも、なぜ字が書けない石川氏が脅迫状を書いたとされ、最初の家宅捜索では存在しなかった万年筆が決定的物証として押収されるのか?
石川氏本人や当時の捜査官ら関係者のインタビューを丹念に発掘、はじめから「犯人=石川氏ありき」という決め付け捜査と自白強要の実態を検証する。

<特集◆筺箸┐鷓瓩呂海Δ靴萄遒蕕譴襦
      〜検証!鹿児島事件・取調室の闇〜

一昨年4月、鹿児島県志布志町の人口わずか6世帯の集落で起こった選挙買収事件が、「日本の刑事司法の病理が集約された事件」として法曹界の注目を集めている。

突然、身に覚えのない容疑で警察の任意同行を受け、連日の厳しい取り調べで精神的・肉体的に追いつめられていく高齢の被告たち。結果、3人が自殺未遂、3人が意識不明となって倒れ、5人が救急車で運ばれた。
現金授受を裏付ける物証が一切無く、犯行日さえ特定されない中、警察検察は、「自白」だけに頼って逮捕起訴するが、被告13人全員が自白は強要されたものとして無実を主張している。

参考人が供述してもいない内容の調書でっち上げ。
家族の名前を紙に書いて「踏み字」の強要。
取調室から虚偽の電話をかけさせ録音。
警察のウソで次々弁護士解任に追い込まれる被告たち…

取調室という密室で行われた驚くべき違法捜査の数々を検証する。

25年ほど前になるのか、雑誌『世界』に「狭山事件裁判批判」を野間宏が延々と連載していた。「韓国からの通信」と並んで、なぜだか愛読していたんだった。
こっちは忘れていたのだけれど、石川さんの闘いは続いていたのだな。

番組では、戦後に冤罪が確定した50件のうち41件では「自白」がなされていたという事実が紹介されていた。

昔は「自白したのに裁判の場では一転無罪を主張した」と聞くと“往生際の悪いヤツだ”という印象をもったものだ。
しかし今は逮捕されただけではもちろん、自白したと報道されても“犯人じゃないかもしれない”と判断を留保するクセをつけるようにしている。そうはいっても、心証としては“でもとりあえず犯人なんだろうな”とつい感じてしまうのだけれど、“違うかもしれない”という心構えだけは持つことにしている。

実際、まったくの無実かもしれないのだから。

拘置が一年も過ぎたころにたまたま真犯人が現れて拘置が解かれたというケースもあった。ある意味、運がよかったのだ。だからつまり、刑が確定した事件にも冤罪はあるだろう。

道新2004年8月31日の<朝の食卓>諏訪裕滋「ウソの自白」を転載する。
 やってもいない犯罪を自白するはずがない。自白したからには犯人に相違ない--。多くの人が抱いている観念である。
 弁護士としての経験を重ねるにつれ、こうした固定観念が完全な誤りであることが分かった。
 大事件はともかくとして、暴力ざたや痴漢といった事件で、ウソの自白をしてしまったという多くの人々を目の当たりにしてきたからだ。
 彼らは決して、拷問や厳しい取り調べを受けたわけではなかった。しかし、犯人でないかと疑われて警察に逮捕され、「否認していたらいつまでも出られないぞ」「自白したら略式の罰金で済むし、すぐに出られるぞ」と言われて、自らすすんでウソの自白をしていた。
 自由を奪われるという苦痛はたえられないものだ。この状態が続けば、仕事も家庭も失うことになってしまう。もし自由が得られるのなら、たとえウソであっても自白でも何でもしよう--。これが定番だ。こんな状況に置かれたら、誰もがはまってしまいがちな陥穽である。
 国連規約人権委員会は1998年、日本では逮捕された被疑者が最大23日間も警察の監理下に置かれ、保釈が認められないことなどに懸念を示し、改革するよう強く勧告した。
 しかし、わが国はこの勧告を無視している。ウソの自白はまだまだ続くことになる。

鹿児島事件では相当に厳しい取り調べが行われたようだ。
例えば、起き上がれない状態の人間を警察署まで連れて行って延々と事情聴取する。松本サリン事件での河野さんへの扱いを思い出した。

そもそも無実だとわかってて罪人扱いしたりするのだろうか?

狭山事件の場合は、石川さんが被差別部落出身者であることから「被差別者へ罪を着せている」という構図が語られていた。それなりの“説明”にはなる。

だが鹿児島事件では「有権者のわずか0.02%に対して196万円の買収が行われた」という嫌疑だ。不自然だし、なぜ一つの集落を狙い打ちにする必要があったのか想像がつかない。
家族からの抗議電話に対して地元署が「申し訳ない、鹿児島県警に言われて仕方ないんだ」と電話で応える様子が紹介されていた。“上”の命令に従ってせっせと架空領収書をつくらないと干されてしまうという警察の体質にもひとつの原因が帰せられるのかもしれない。

なお、これらの事件については「新じねん」というサイトでさらに詳しく知ることができる。
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