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モデルとしてのおとな

道新2005年2月13日「親が生き生きしてれば子の9割「未来に希望」---やっぱり「子は親の背中見て育つ」/子に望む生き方 実践は少数派」より。
 親が生き生きしていれば、子どもも未来に希望が持てる--。親の生き方が子どもに影響を与えることが、くもん子ども研究所(大阪)の全国調査でわかった。しかし、わが子に「情熱」や「チャレンジ」など果敢な生き方を望む親の大半は、自ら実践してはいなかった。「子どもに希望を持たせるためには、自分の行動や考え方を見つめ直す必要がある」と専門家は指摘している。(大口弘明)

 調査は昨年3月、全国の小学4年-高校3年生とその父母に郵送で行い、711組から回答を得た。
 親には「生き生きして張り合いのある生活をしているか」、子どもには「自分の力が未来に影響を与えられるか」と問いかけ、その結果をクロス集計した。
 親が「生き生きしている」場合、「自分の未来に大きな影響を与えられる」と答えた子は6割に上った。「少し与えられる」を加えると、9割の子が自分の可能性を意識している。
 しかし、親が「生き生きしていない」場合、「大きな影響を与えられる」と考える子は4割と半数以下。「少し与えられる」を含めても、可能性を感じる子は75%だった。
 また、親が子どもに望む生き方と、親自身の生活には大きな落差がみられた。9割の親が子どもに「自分の目標に向かって情熱を傾ける」ことを望んでいるが、そのように生きているという回答は3割にとどまった。
 「社会や人びとのために役立つ」ことを求める親も8割にのぼったが、実践している人は3割。「新しいことや難しいことにチャレンジする」は8割の希望に対し、行っているのは4割だった。

 こうした結果について、同研究所は「子どもたちが一番影響を受けるのは家庭。親の姿や意見を通じて社会を感じ、未来に思いをはせる。子どもたちが未来に希望をもち意欲的になるためには、やはり親の意識から変わる必要がある」と提起している。

調査結果の前段については、まぁ、あたりまえの結果だとまずは感じた。
だが自分の可能性を信じる子どもの割合が、親の姿勢によって90%と75%の差だというのはむしろ小さいか。
親が反面教師になっているということもあり得るな。「こうはならないぞ」と。

いや、太字にした「言ってることとやってることが違う」「自分のことは棚にあげる」態度をおそらく感覚的に見抜いている子どもからすれば、親は反面教師というより「当てにならない人」として映っているのかもしれない。
だから別のところに希望を見出していたりして。

だがこの<親−子>という関係を<教師−生徒>さらに一般化して<おとな−子ども>という図式で考えたら希望が見えてくるかというと必ずしもそうとは思えない。
教師一般も、おとな一般も、背中を堂々と晒せるように生きているかというとそうでもなさそうだから。

『OK?ひきこもりOK!』での対談で宮台真司は次のように言う。
 成熟社会においては、関係性に敏感な人間にだけ、天下国家のことを考えてほしいと念願するからです。そうでないと、とてもじゃないが、彼がもたらさんとする天下国家を信用できない。なのに残念ながら、関係性を享受する敏感さを欠いたオヤジが、欠落を補償するために天下国家を憂えているという「貧しき構図」が、日本では、論壇から政治家まで覆い尽くしているのです。[…]
 天下国家を論じている人間がどういう家族を営んでいるんだという問題[…]
 関係性と天下国家と両方に敏感であれと言っても、そういう生き方をする年長世代がほとんどいないという問題です。子どもに自己決定せよという教師が「お前はどうなんだよ」という問題と同じ構図で、現行の教育システムの中ではモデル提示機能が期待できないということです。[…](p.89-90)
 メディアのモデル提示機能が際立ちます。たとえばコギャルたちに多大な影響力をもつ安室奈美恵の結婚と出産が、彼女らが援交から離脱して彼氏一筋がいいと言い出すキッカケでした。保守論壇の「説教しろ」などという叫びは屁にもならないわけです。(p.96)

文中の「関係性」ということばがわかりにくいかもしれないけど、「足元の生活」とか「日常のコミュニケーション」に置き換えてみればおおよそ意味は通じるだろう。

安室奈美恵の結婚と出産がそんな影響力を持っていたとは知らなんだ。そういうものなのかもしれない。
メディアはもはや「現実」を構成する最大の世界なのだから。

それでもあいかわらず、身近な親・教師・おとなには、説教するより自分がやってみせる・体現するってことが求められているんだと思う。
「いまどきの若者は…」などとのたまう前に、自分を、自分のまわりのおとなをよく見ろということでもあるな。

自戒をこめて、そう思う。
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