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上機嫌力

齋藤孝『上機嫌の作法』を読み始めた。
「発声」を大事にしているこの人自身の声はいくらかかん高く感じられて実はあまり好きではないのだが、主張している内容にはずっと注目してきた。

さて、テレビで見る齋藤さんはたしかにいつも上機嫌だ。
そこでこの本は<上機嫌でいるための作法>を説いているのに違いないのだが、<上機嫌でいることが生きる作法だ>ということをまず主張している。
 なんて無意味に機嫌の悪い人が多いのでしょう。
 不機嫌にしていることで、メリットがあるのでしょうか? 考えてみてください。誰かが気分よくなったり、もしくは仕事が進んだりするのか。不機嫌モードを発していることで仕事がうまく進むのであればともかく、実際そんなことがあろうはずがない。くよくよして、むっとして、無気力でいて、何か新しいものが生まれるでしょうか?
  [‥]
 厭なことがあって不機嫌、いいことがあったら上機嫌というのはふつうのことです。しかし、人と接するときに気分をそのまま出すことは、かつてはあり得ないことでした。気分などという個人的なものはさりげなく包み隠し、互いに人への気遣い、場への気遣いをしながら営んでいくのが社会生活の常識だったのです。
 世の中にこれほど不機嫌が蔓延してしまった原因は、この「気遣う」ということをしなくなったからです。共存空間を心地よくするために、人を思いやる、場に対して気配りをするといった感覚を教えてこなかった、養ってこなかったがために、今やそれが当たり前であることすらわからなくなっている。(p.11-16。太字はママ。以下同様)

以前、<笑うから楽しい>に「笑顔を見せることで不利益をこうむったりするのでない限りは、仏頂面でいるより自分もまわりも少しだけ幸せになれそうな気がする。」と書いた。家の中では比較的うまくいっているつもりだけれども、ほかのところではなかなかねぇ。
でも方向性としては間違ってないのかな、と改めて思った。
気分に逆らって無理に笑顔をつくったり上機嫌を装うのではない。気分そのものをコントロールしようということだ。

それは「技(わざ)」なのだと齋藤氏は言う。
 円滑なコミュニケーションのための手段として、「上機嫌」な状態を自分の「技」にすることを提唱したいのです。これは天然の上機嫌とは違います。意識して身につけ、いつでも自在に上機嫌モードに入れるようにする技。だから「上機嫌力」なのです。(p.12)

たとえばこんなことだ。
 私は意図的に「上機嫌をやっている」のです。癖づけたのです。すると不思議なもので、敢えて上機嫌にしようと思わなくても、教壇のような場所に立つだけで、内側から機嫌がよくなるようになった。疲れが溜まっていたり、ちょっと具合が悪くて気分がよくないときでも、壇上に立ち、生徒や聴衆を前に上機嫌に話していると、次第に気分もからだの調子までもすっきりしてくるようになったのです。
 今では、授業をする、講演をする、仕事の打ち合わせをすることで気分が晴れ、真の上機嫌になれる。心身が上機嫌の技に馴らされているのです。

身につまされる。
僕はとてもこんな境地には遠い。学生の不機嫌に直面すると自分の存在感が不安定になって上機嫌どころではなくなる。

<きちんと聞いてもらえる--自分の存在が受け容れてもらえる>

という構造が崩壊するから。

学生がきちんと聞かない・不機嫌になるのは僕の話の内容に興味をもてないからだろうが、それ以前に僕が十分に「上機嫌力」を備えていないからだろう。伝染させるパワーをもっていないということだから。

昔はもっとひどかった。
授業の感想に「身を削って授業しているかのようで‥」と書かれたことがあったが、見ていてかわいそうなほどつらそうだったようだ。上機嫌どころではない。
「線が細い」と評されたこともあった。不機嫌に見えるということとは違うだろうが、けっして上機嫌が与える印象ではないだろう。そういえば、「自信なさそう」というのもあったな。
「アナウンサーみたい」と書かれて一瞬うれしかったけれども、冷たい雰囲気だってことだとするとこれも上機嫌とは反対物だ。

今はましになっているらしい、というところで納得しておこうか。

いや、安心していられないらしいぞ。
 四十代以上、特に四十五を過ぎた男性は、激しく不機嫌になります。中年と言われる年齢にさしかかった人たちは、実際には不機嫌ではないにしても、ふつうにしているだけで不機嫌に見えるという十字架を背負っているのです。
  [‥]
 一つには反応が鈍くなるため。反応が鈍いと、周囲から見ると不機嫌そうに見えます。

今年45になる。

思い出したのが、『海馬』での池谷さんの次のことば。
 大人はマンネリ化した気になってモノを見ているから、驚きや刺激が減ってしまう。刺激が減るから、印象に残らずに記憶力が落ちるような主観を抱くようになる…。
 ですから、脳の機能が低下しているかどうかということよりも、まわりの世界を新鮮に見ていられるかどうかということのほうを、ずっと気にしたほうがいいでしょう。
 生きることに慣れてはいけないんです。慣れた瞬間から、まわりの世界はつまらないものに見えてしまう。慣れていない子どものような視点で世界を見ていれば、大人の脳は想像以上に潜在能力を発揮するんですよ。(p.21)

<生きることに慣れてはいけない>

なるほど。

「感動する能力」を研ぎ澄ましておくことができれば脳は活発に機能するし、上機嫌でもいられるということなのだろうな。

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